『SONG IS LOVE』のファースト・プレス [オフコース]
11月3日って「レコードの日」だったのね。
例年あまり食指が動くリリースがないので、まったく気にしてなかったよ・・・
どうせ今年もないだろうと思いつつチェックしたら、玉置浩二さんの『CAFE JAPAN』が初アナログ化されてるじゃん!
「これは欲しいかも。」と思ったのだが、すでに販売終了のようだ(涙)
まぁ、いいか。
『メロディー』はものすごく好きだが、アルバム全体としてはそれほどでもないし。
シングルのアナログ化なら絶対に欲しいけどさ。
そんなこんなで、11月3日の「レコードの日」については、結局、何も買わずに終わったのであった(笑)
「レコードの日」の話はこのぐらいにして、本題にうつろう。
オフコース『SONG IS LOVE』(EXPRESS/東芝EMI ETP-72212)については、以前記事にしたことがある(https://sawyer2015.blog.ss-blog.jp/2019-11-10 をご覧ください。)が、そのときには1977年5月プレスの盤までしか手に入れていなかった。
このレコードの発売日は1976年11月5日なので、発売から半年以上後のプレスである。
その後しばらくして1977年2月プレスを手に入れたが、なおも諦めずに探し続け、やっと発売日前月の1976年10月プレスを手に入れることができた。
って、2年ほど前のことなんだけどね。
そのときは、記事にしようと思っていたのに、つい忘れてしまったのである(こういうことは、ものすごーく頻繁にある 笑)。
先日、急に寒い日があって、いよいよ秋も深まり出したなぁと思ったら『冬が来るまえに』が聴きたくなり、ついでに、『SONG IS LOVE』のファースト・プレスについて、まだ記事にしていないことを思い出したのであった。
で、記事にしようと思ったのだが、どうせならリリース記念日に書こうと、今日まで待っていたのだ。
すでに書いたように、うちには、『SONG IS LOVE』が4枚ある。
以前から持っていた1981年8月プレス(帯付き)のどレイト盤と1977年5月プレス(帯無し)は上(奥)の二枚、あらたに手に入れた1977年2月プレス(帯付き)と1976年10月プレス(帯無し)は下(手前)の二枚である。
ジャケットの色味が、上の二枚は緑が強いというか明るめというか、むしろ下の二枚が暗めというか、そんな感じなので、初期のほうが暗めで、レイトのほうが明るめという違いがあるのかもしれないが、定かではない。
帯の色も、初期の方が白っぽいが、これも定かではない。
いずれも写真だと差が小さく見える。
つまり、実物は写真以上の差がある。
問題はマトである。
初回も2S/2Sだったのか、それが最大の問題だ。
まず、1977年2月プレスのマトは、2S 18/2S 24だった。
そして、1976年10月プレス(発売日前月プレス)のマトは、2S 5/2S 3だった。
ってことで、このレコードの初回マトは2S/2Sで間違いないと思うのである。
それにしても、スタンパー・ナンバー3で聴く『冬が来るまえに』から『歌を捧げて』の流れは格別だ。
くぅ~たまらん!
例年あまり食指が動くリリースがないので、まったく気にしてなかったよ・・・
どうせ今年もないだろうと思いつつチェックしたら、玉置浩二さんの『CAFE JAPAN』が初アナログ化されてるじゃん!
「これは欲しいかも。」と思ったのだが、すでに販売終了のようだ(涙)
まぁ、いいか。
『メロディー』はものすごく好きだが、アルバム全体としてはそれほどでもないし。
シングルのアナログ化なら絶対に欲しいけどさ。
そんなこんなで、11月3日の「レコードの日」については、結局、何も買わずに終わったのであった(笑)
「レコードの日」の話はこのぐらいにして、本題にうつろう。
オフコース『SONG IS LOVE』(EXPRESS/東芝EMI ETP-72212)については、以前記事にしたことがある(https://sawyer2015.blog.ss-blog.jp/2019-11-10 をご覧ください。)が、そのときには1977年5月プレスの盤までしか手に入れていなかった。
このレコードの発売日は1976年11月5日なので、発売から半年以上後のプレスである。
その後しばらくして1977年2月プレスを手に入れたが、なおも諦めずに探し続け、やっと発売日前月の1976年10月プレスを手に入れることができた。
って、2年ほど前のことなんだけどね。
そのときは、記事にしようと思っていたのに、つい忘れてしまったのである(こういうことは、ものすごーく頻繁にある 笑)。
先日、急に寒い日があって、いよいよ秋も深まり出したなぁと思ったら『冬が来るまえに』が聴きたくなり、ついでに、『SONG IS LOVE』のファースト・プレスについて、まだ記事にしていないことを思い出したのであった。
で、記事にしようと思ったのだが、どうせならリリース記念日に書こうと、今日まで待っていたのだ。
すでに書いたように、うちには、『SONG IS LOVE』が4枚ある。
以前から持っていた1981年8月プレス(帯付き)のどレイト盤と1977年5月プレス(帯無し)は上(奥)の二枚、あらたに手に入れた1977年2月プレス(帯付き)と1976年10月プレス(帯無し)は下(手前)の二枚である。
ジャケットの色味が、上の二枚は緑が強いというか明るめというか、むしろ下の二枚が暗めというか、そんな感じなので、初期のほうが暗めで、レイトのほうが明るめという違いがあるのかもしれないが、定かではない。
帯の色も、初期の方が白っぽいが、これも定かではない。
いずれも写真だと差が小さく見える。
つまり、実物は写真以上の差がある。
問題はマトである。
初回も2S/2Sだったのか、それが最大の問題だ。
まず、1977年2月プレスのマトは、2S 18/2S 24だった。
そして、1976年10月プレス(発売日前月プレス)のマトは、2S 5/2S 3だった。
(1976年10月プレスなので、PMは6-Xだ。)
(Side 1のマトは、2S 5である。)
(Side 2のマトは、2S 3である。)
ってことで、このレコードの初回マトは2S/2Sで間違いないと思うのである。
それにしても、スタンパー・ナンバー3で聴く『冬が来るまえに』から『歌を捧げて』の流れは格別だ。
くぅ~たまらん!
タグ:オフコース
緑の日々 [オフコース]
今日のTLは「みどりの日」にちなんだレコードで溢れかえっていたので、ボクもそういうレコードを引っ張り出した。
オフコースの『緑の日々』(ファンハウス 07FA-1011)である。
タイトルが『緑の日々』のうえに、初回限定盤はグリーンのクリア・ビニールときている。
これ以上、「みどりの日」に似つかわしいレコードはないだろう(笑)
画像に目を凝らせばわかるかと思うが、ボクが持っているのは、レーベル上に「見本」と印刷された見本盤である。
しかし、PMこそ4-8と前月プレスを示している(発売日は1984年9月21日)が、スタンパーのほうは1S 16/1S 32とかなり進んでいる。
Side 1の16でもかなりのものだが、Side 2の32って何さ?
まぁ、1984年のオフコースも無敵だったからなぁ。
膨大な予約のために通常盤(初回限定盤)プレスがかなり先行したんだろうな。
それはそうと、この『緑の日々』という曲、いろんな意味で思い入れがある。
この曲がヒットしたのは、ボクが大学生だった頃のこと。
♪ 君となら 生きてゆける
♪ 君の為に 僕が生きてゆく
♪ まるで君が 望むような
♪ 僕には なれないかも 知れないけど
その頃は、確かに、恋の歌にすぎなかった。
この歌がボクにとって恋の歌ではなくなったのは、ユウと二人で生きていくことを決めたときだ。
♪ 君のために 強くなる
♪ 僕には もう なんの迷いもない
♪ 何も 恐れないで
♪ 今はすべてを 僕に任せて
あれからもう24年。
あの頃に比べたら、ボクも、だいぶ強くなった・・・んじゃないかな?(笑)
ユウとの日々は、まさに緑の日々なのだ。
そういえば、「緑の日々」と題した記事を書いたことがあったな。
ついでなので、リンクを貼っておこう。
https://sawyer2015.blog.ss-blog.jp/2016-08-21-1
オフコースの『緑の日々』(ファンハウス 07FA-1011)である。
タイトルが『緑の日々』のうえに、初回限定盤はグリーンのクリア・ビニールときている。
これ以上、「みどりの日」に似つかわしいレコードはないだろう(笑)
画像に目を凝らせばわかるかと思うが、ボクが持っているのは、レーベル上に「見本」と印刷された見本盤である。
しかし、PMこそ4-8と前月プレスを示している(発売日は1984年9月21日)が、スタンパーのほうは1S 16/1S 32とかなり進んでいる。
Side 1の16でもかなりのものだが、Side 2の32って何さ?
まぁ、1984年のオフコースも無敵だったからなぁ。
膨大な予約のために通常盤(初回限定盤)プレスがかなり先行したんだろうな。
それはそうと、この『緑の日々』という曲、いろんな意味で思い入れがある。
この曲がヒットしたのは、ボクが大学生だった頃のこと。
♪ 君となら 生きてゆける
♪ 君の為に 僕が生きてゆく
♪ まるで君が 望むような
♪ 僕には なれないかも 知れないけど
その頃は、確かに、恋の歌にすぎなかった。
この歌がボクにとって恋の歌ではなくなったのは、ユウと二人で生きていくことを決めたときだ。
♪ 君のために 強くなる
♪ 僕には もう なんの迷いもない
♪ 何も 恐れないで
♪ 今はすべてを 僕に任せて
あれからもう24年。
あの頃に比べたら、ボクも、だいぶ強くなった・・・んじゃないかな?(笑)
ユウとの日々は、まさに緑の日々なのだ。
そういえば、「緑の日々」と題した記事を書いたことがあったな。
ついでなので、リンクを貼っておこう。
https://sawyer2015.blog.ss-blog.jp/2016-08-21-1
タグ:オフコース
『やさしさにさようなら』すると・・・ [オフコース]
<mat-mat-matさんからの情報に基づいて、修正の必要が生じたので、追記しました。>(2021年4月25日19:00)
『やさしさにさようなら』すると、当然、やさしくなくなるのである。
つい最近手に入れた、この二枚のレコードも、ボクに厳しい現実を突きつけた(大袈裟だっちゅうの 笑)やさしくないレコードなのだ。
東芝EMI見本盤についてCal De Rさんがまとめられていた(https://ameblo.jp/caldermusic/entry-12670197230.html)ように、1978年12月頃を境に、それまでの見本盤のPMにはKやWやGがつくが、
それ以降の見本盤のPMにはつかない。
具体的には、78年7月20日発売の『あなたのすべて』(オフコース)の見本盤は8-6G、78年8月2日発売の『LADY』(甲斐バンド)の見本盤は8-7Wまたは8-7WG、78年10月20日発売の『約束』(チューリップ)の見本盤は8-XWとWやGがつくが、78年12月20日発売の『HERO(ヒーローになる時、それは今)』(甲斐バンド)の見本盤は8-Y、79年1月20日発売の『愛を止めないで』(オフコース)の見本盤は8-ZとWやGがついていない。
PMにKやWやGがつくのが川口工場プレスだとすると、見本盤にKWGがつかなくなったのは、78年11月頃には川口工場は閉鎖されて、12月リリースの見本盤からは、御殿場工場のみでプレスされるようになったからだと、ボクは思っていた。
ザ・ビートルズ完全日本盤レコード・ガイドというサイト(https://ameblo.jp/bp-jrg/entry-12504720764.html?frm=theme)の推測でも、「79年4月発行の『東芝の洋楽番号順総目録』巻末の事業所一覧には御殿場工場しか掲載されていません。従って、77年から79年までの間に閉鎖されたと推測できます。」とされていた。
川口工場の閉鎖を78年11月と考えて、何の矛盾もない。
しかし、『やさしさにさようなら』の通常盤には、こんなPMが刻まれているのである。
09-YG1というのは、まず9-YGというPMで79年11月にプレスにまわされたスタンパーが、再度80年1月に使用されてプレスされたものであることを表している。
つまり、PMにGが付いているのが川口工場プレスだとすれば、川口工場は、少なくとも79年11月までは稼働していたことになる。
仮説を覆す厳しい現実を突きつける『やさしさにさようなら』通常盤なのである。
やさしくないなー(笑)
もっとも、ボクの知る限り、78年12月発売のシングルの見本盤からはWやGがつかなくなるのは事実なので、78年11月から、川口工場は休眠状態(稼働させようと思えば稼働できるが、通常は稼働していない状態)になった可能性はある。
『やさしさにさようなら』は、通常盤のみならず、見本盤もやさしくない。
この見本盤には、PMがないからである。
『やさしさにさようなら』は、『愛を止めないで』の二つ前のシングルで、78年4月5日に発売された。
見本盤は、当然、78年3月にプレスされたものと思われる。
PMのない見本盤が御殿場工場プレスだとすると、少なくとも78年3月までは、御殿場工場では見本盤にはPMを刻印していなかったことになる。
上述したように、78年11月のプレスからは見本盤にもWやGがつかないPMが刻印されるようになる(甲斐バンドの『HERO』)ことから、御殿場工場でも見本盤にPMを刻印するようになったと考えられるのだが、問題は、それがいつからだったのかということだ。
Cal De Rさんの記事の後、ツイッター上でいろいろ情報交換をしたのだが、そのとき、ささも教授が、『そばかすの天使』(77年9月5日発売)のマト1S1見本盤にはPMがあって、7-8と刻印されているという情報を提供してくれた。
画像も提供してくれたので、掲載しておこう。
PMにKやWやGが付いていないのが御殿場工場プレスだとすると、77年8月時点で、御殿場工場でも見本盤にPMを刻印していたということになる。
この情報に触れたときには、ボクは、そういや甲斐バンド『氷のくちびる』(77年5月5日発売)の見本盤にはPMがなかったなということしか思い出せなかった。
その後、オフコース『秋の気配』(77年8月5日発売)の見本盤にもPMがなかったことを思い出した。
これのプレスは、77年7月だろう。
以上の情報を総合すると、御殿場工場で、見本盤にはPMを刻印しないという運用だったのは77年7月までで、77年8月からは、御殿場工場でも、見本盤にもPMを刻印するようになったということになる。
あースッキリしたー
と、思ったのも束の間・・・
所有盤のデータベースを眺めていたら『やさしさにさようなら』の見本盤の情報を発見してしまったのであった。
上述したように、『やさしさにさようなら』は、78年4月5日に発売されたものだから、その見本盤は、当然、78年3月にプレスされたものと思われるわけで、そうすると、これにPMがないということは、御殿場工場では、78年3月時点でもまだ、見本盤にはPMを刻印していなかったということになる。
辻褄が合わないだろー
この矛盾を解消するためには、①『やさしさにさようなら』の見本盤は御殿場工場プレスだが、PMを刻印しなきゃいけないことになっていたのに忘れてしまったか、あるいは、②ささも教授の『そばかすの天使』は、実は川口工場プレスだが、WやGの刻印を忘れてしまったかしか考えられない気がする。
①であれば、御殿場工場で、見本盤にもPMを刻印するようになったのは77年8月で矛盾しない。
②であれば、御殿場工場で、見本盤にもPMを刻印するようになったのは78年4月以降(はっきりと言えるのは78年11月以降)で矛盾しない。
※mat-mat-matさんから、78年10月5日発売のオフコース『FAIRWAY』の見本盤がPM8-9だよーという情報をいただいた。
これは持ってないのだが、発売日が同じ甲斐バンド『誘惑』の見本盤は持っている。これまた、PM8-9だ。
ってことは、②であれば、御殿場工場で、はっきりと見本盤にもPMを刻印するようになったと言えるのは78年9月以降ということになり、2か月ほど遡ることになる。
mat-mat-matさん、ありがとうございましたー
どちらが真相なのか、あるいは、真実は他にあるのか、ボクにはまだわからない。
さらに厳しい現実を突きつけた『やさしさにさようなら』見本盤なのであった。
やさしくないなー(笑)
『やさしさにさようなら』すると、当然、やさしくなくなるのである。
つい最近手に入れた、この二枚のレコードも、ボクに厳しい現実を突きつけた(大袈裟だっちゅうの 笑)やさしくないレコードなのだ。
東芝EMI見本盤についてCal De Rさんがまとめられていた(https://ameblo.jp/caldermusic/entry-12670197230.html)ように、1978年12月頃を境に、それまでの見本盤のPMにはKやWやGがつくが、
それ以降の見本盤のPMにはつかない。
具体的には、78年7月20日発売の『あなたのすべて』(オフコース)の見本盤は8-6G、78年8月2日発売の『LADY』(甲斐バンド)の見本盤は8-7Wまたは8-7WG、78年10月20日発売の『約束』(チューリップ)の見本盤は8-XWとWやGがつくが、78年12月20日発売の『HERO(ヒーローになる時、それは今)』(甲斐バンド)の見本盤は8-Y、79年1月20日発売の『愛を止めないで』(オフコース)の見本盤は8-ZとWやGがついていない。
PMにKやWやGがつくのが川口工場プレスだとすると、見本盤にKWGがつかなくなったのは、78年11月頃には川口工場は閉鎖されて、12月リリースの見本盤からは、御殿場工場のみでプレスされるようになったからだと、ボクは思っていた。
ザ・ビートルズ完全日本盤レコード・ガイドというサイト(https://ameblo.jp/bp-jrg/entry-12504720764.html?frm=theme)の推測でも、「79年4月発行の『東芝の洋楽番号順総目録』巻末の事業所一覧には御殿場工場しか掲載されていません。従って、77年から79年までの間に閉鎖されたと推測できます。」とされていた。
川口工場の閉鎖を78年11月と考えて、何の矛盾もない。
しかし、『やさしさにさようなら』の通常盤には、こんなPMが刻まれているのである。
09-YG1というのは、まず9-YGというPMで79年11月にプレスにまわされたスタンパーが、再度80年1月に使用されてプレスされたものであることを表している。
つまり、PMにGが付いているのが川口工場プレスだとすれば、川口工場は、少なくとも79年11月までは稼働していたことになる。
仮説を覆す厳しい現実を突きつける『やさしさにさようなら』通常盤なのである。
やさしくないなー(笑)
もっとも、ボクの知る限り、78年12月発売のシングルの見本盤からはWやGがつかなくなるのは事実なので、78年11月から、川口工場は休眠状態(稼働させようと思えば稼働できるが、通常は稼働していない状態)になった可能性はある。
『やさしさにさようなら』は、通常盤のみならず、見本盤もやさしくない。
この見本盤には、PMがないからである。
『やさしさにさようなら』は、『愛を止めないで』の二つ前のシングルで、78年4月5日に発売された。
見本盤は、当然、78年3月にプレスされたものと思われる。
PMのない見本盤が御殿場工場プレスだとすると、少なくとも78年3月までは、御殿場工場では見本盤にはPMを刻印していなかったことになる。
上述したように、78年11月のプレスからは見本盤にもWやGがつかないPMが刻印されるようになる(甲斐バンドの『HERO』)ことから、御殿場工場でも見本盤にPMを刻印するようになったと考えられるのだが、問題は、それがいつからだったのかということだ。
Cal De Rさんの記事の後、ツイッター上でいろいろ情報交換をしたのだが、そのとき、ささも教授が、『そばかすの天使』(77年9月5日発売)のマト1S1見本盤にはPMがあって、7-8と刻印されているという情報を提供してくれた。
画像も提供してくれたので、掲載しておこう。
PMにKやWやGが付いていないのが御殿場工場プレスだとすると、77年8月時点で、御殿場工場でも見本盤にPMを刻印していたということになる。
この情報に触れたときには、ボクは、そういや甲斐バンド『氷のくちびる』(77年5月5日発売)の見本盤にはPMがなかったなということしか思い出せなかった。
その後、オフコース『秋の気配』(77年8月5日発売)の見本盤にもPMがなかったことを思い出した。
これのプレスは、77年7月だろう。
以上の情報を総合すると、御殿場工場で、見本盤にはPMを刻印しないという運用だったのは77年7月までで、77年8月からは、御殿場工場でも、見本盤にもPMを刻印するようになったということになる。
あースッキリしたー
と、思ったのも束の間・・・
所有盤のデータベースを眺めていたら『やさしさにさようなら』の見本盤の情報を発見してしまったのであった。
上述したように、『やさしさにさようなら』は、78年4月5日に発売されたものだから、その見本盤は、当然、78年3月にプレスされたものと思われるわけで、そうすると、これにPMがないということは、御殿場工場では、78年3月時点でもまだ、見本盤にはPMを刻印していなかったということになる。
辻褄が合わないだろー
この矛盾を解消するためには、①『やさしさにさようなら』の見本盤は御殿場工場プレスだが、PMを刻印しなきゃいけないことになっていたのに忘れてしまったか、あるいは、②ささも教授の『そばかすの天使』は、実は川口工場プレスだが、WやGの刻印を忘れてしまったかしか考えられない気がする。
①であれば、御殿場工場で、見本盤にもPMを刻印するようになったのは77年8月で矛盾しない。
②であれば、御殿場工場で、見本盤にもPMを刻印するようになったのは78年4月以降(はっきりと言えるのは78年11月以降)で矛盾しない。
※mat-mat-matさんから、78年10月5日発売のオフコース『FAIRWAY』の見本盤がPM8-9だよーという情報をいただいた。
これは持ってないのだが、発売日が同じ甲斐バンド『誘惑』の見本盤は持っている。これまた、PM8-9だ。
ってことは、②であれば、御殿場工場で、はっきりと見本盤にもPMを刻印するようになったと言えるのは78年9月以降ということになり、2か月ほど遡ることになる。
mat-mat-matさん、ありがとうございましたー
どちらが真相なのか、あるいは、真実は他にあるのか、ボクにはまだわからない。
さらに厳しい現実を突きつけた『やさしさにさようなら』見本盤なのであった。
やさしくないなー(笑)
タグ:オフコース
ねじれ~『ロンド』をめぐる考察 [オフコース]
ここに2枚のオフコース『ロンド』(ETP-10343)がある。
1977年11月から日テレ系で放映されたドラマ『ひまわりの家』の主題歌だったが、1.5万枚ほどしか売れなかったので、オフコースのファン以外はあんまり知らないかもしれない。
でも、しっとりとしたなかなかの佳曲である。
2枚のうち、1枚は見本盤だ。
もう一枚は、通常盤である。
見本盤のSide 1のマト/スタンパーは、1S 3だ。
3だとわかるように撮ろうと努力したのだが、なかなかうまくいかず、7のように見えるが、3である。
Side 2のほうは、1S 1だ(写真は割愛)。
通常盤のほうのSide 1のマト/スタンパーは、1S 12である。
2の前の1がわかりにくいが、これでも苦労してなんとかわかるように撮れたほうなのでご容赦願いたい。
Side 2のほうは、1S 9だ(写真は割愛)。
ここまでは、特に不可解なところはない。
しかし、この二枚、PMと合わせて考えると、ちょっと不可解なのである。
見本盤のPMは7-YGなのだが・・・
通常盤のPMは7-Xなのである。
『ロンド』は見本盤のレーベルを見ればわかるように1977年11月20日発売だが、PMから、通常盤は発売日前月の10月にプレスが開始されたのに対して、見本盤は発売日当月の11月にプレスされたということがわかる。
まぁ、通常盤より見本盤のほうが後からプレスされるというのは、特に珍しいことではないかもしれない。
それに、このレコードの場合、結果的にはそれほど売れなかったが、ドラマ主題歌ということで、売れることを見込んで初回プレスの枚数を増やしていた可能性はある。
そうだとすると、早めにプレスを始めなければ間に合わない。
一方、見本盤のほうは、ドラマ主題歌ということで早めのプロモーションは不要だっただろう。
このレコードについては、通常盤より見本盤のほうが後からプレスされる条件が整っていたともいえる。
問題は、スタンパーとの関係である。
見本盤のほうがプレスが後なのに、スタンパーが若い。
通常盤のほうが先にプレスされているのに、スタンパーが進んでいる。
問題は、このねじれだ。
「見本盤用に最初に作ったスタンパーをとっておいたってだけだろー」と思った貴方、その根拠を説明できるだろうか?
ボクにはできない。
何故最初に作ったスタンパーを見本盤用にとっておく必要がある?
見本盤のスタンパーが若いのは、普通は通常盤より先にプレスされるからである。
だから、逆に、通常盤よりプレスが後になれば、見本盤でも通常盤の初回プレスよりスタンパーが進むのだ。
これがボクの仮説である。
(詳しくは、https://sawyer2015.blog.ss-blog.jp/2020-09-05をご覧ください。)
ボクの仮説では、プレスが後なら見本盤でもスタンパーが進んでなきゃおかしいのである。
では、この『ロンド』はボクの仮説が間違いだったことの決定的な証拠なのだろうか?
そうではないと思う。
というのも、この見本盤のPMにはGがついているからである。
下記サイトでは、このPMにG(ほかにKやWもある)がついているものについて、興味深い仮説を展開している。
https://ameblo.jp/bp-jrg/entry-12504720764.html?frm=theme
東芝は、創業時から埼玉県川口市にある川口工場でレコードを製造してきたが、71年に静岡県御殿場市に御殿場工場を新設したあとは、そちらがメイン工場となった。
当初は、川口工場で赤盤、御殿場工場で黒盤という役割分担があったが、赤盤が製造されなくなって、両工場ともに黒盤を製造するようになると、どちらで製造されたものかを区別する必要が生じたので、川口工場プレスのほうのPMにG(あるいはKやW)をつけるようになったのではないかというのだ。
この仮説、ボクにはかなり説得力があるように見える。
この『ロンド』についても、マクロ撮影したPMの画像をじっくりと見比べてほしい。
7のフォントが明らかに違っている。
これは工場が違うことを示唆していないだろうか?
通常盤が御殿場工場プレスであるのに対して、見本盤が川口工場プレスであるとすると、ねじれの理由も一応説明できる。
御殿場工場でメッキ処理が行われていたとすると、最初に作ったスタンパーを見本盤用に川口工場に送り、御殿場工場では、その後に作ったスタンパーで通常盤をプレスした。
川口工場では、見本盤の納期に合わせてプレスをしたので発売日当月プレスになったが、最初期スタンパーでプレスが行われた。
ってのがボクの推理なのだが、さて真相やいかに?
1977年11月から日テレ系で放映されたドラマ『ひまわりの家』の主題歌だったが、1.5万枚ほどしか売れなかったので、オフコースのファン以外はあんまり知らないかもしれない。
でも、しっとりとしたなかなかの佳曲である。
2枚のうち、1枚は見本盤だ。
もう一枚は、通常盤である。
見本盤のSide 1のマト/スタンパーは、1S 3だ。
3だとわかるように撮ろうと努力したのだが、なかなかうまくいかず、7のように見えるが、3である。
Side 2のほうは、1S 1だ(写真は割愛)。
通常盤のほうのSide 1のマト/スタンパーは、1S 12である。
2の前の1がわかりにくいが、これでも苦労してなんとかわかるように撮れたほうなのでご容赦願いたい。
Side 2のほうは、1S 9だ(写真は割愛)。
ここまでは、特に不可解なところはない。
しかし、この二枚、PMと合わせて考えると、ちょっと不可解なのである。
見本盤のPMは7-YGなのだが・・・
通常盤のPMは7-Xなのである。
『ロンド』は見本盤のレーベルを見ればわかるように1977年11月20日発売だが、PMから、通常盤は発売日前月の10月にプレスが開始されたのに対して、見本盤は発売日当月の11月にプレスされたということがわかる。
まぁ、通常盤より見本盤のほうが後からプレスされるというのは、特に珍しいことではないかもしれない。
それに、このレコードの場合、結果的にはそれほど売れなかったが、ドラマ主題歌ということで、売れることを見込んで初回プレスの枚数を増やしていた可能性はある。
そうだとすると、早めにプレスを始めなければ間に合わない。
一方、見本盤のほうは、ドラマ主題歌ということで早めのプロモーションは不要だっただろう。
このレコードについては、通常盤より見本盤のほうが後からプレスされる条件が整っていたともいえる。
問題は、スタンパーとの関係である。
見本盤のほうがプレスが後なのに、スタンパーが若い。
通常盤のほうが先にプレスされているのに、スタンパーが進んでいる。
問題は、このねじれだ。
「見本盤用に最初に作ったスタンパーをとっておいたってだけだろー」と思った貴方、その根拠を説明できるだろうか?
ボクにはできない。
何故最初に作ったスタンパーを見本盤用にとっておく必要がある?
見本盤のスタンパーが若いのは、普通は通常盤より先にプレスされるからである。
だから、逆に、通常盤よりプレスが後になれば、見本盤でも通常盤の初回プレスよりスタンパーが進むのだ。
これがボクの仮説である。
(詳しくは、https://sawyer2015.blog.ss-blog.jp/2020-09-05をご覧ください。)
ボクの仮説では、プレスが後なら見本盤でもスタンパーが進んでなきゃおかしいのである。
では、この『ロンド』はボクの仮説が間違いだったことの決定的な証拠なのだろうか?
そうではないと思う。
というのも、この見本盤のPMにはGがついているからである。
下記サイトでは、このPMにG(ほかにKやWもある)がついているものについて、興味深い仮説を展開している。
https://ameblo.jp/bp-jrg/entry-12504720764.html?frm=theme
東芝は、創業時から埼玉県川口市にある川口工場でレコードを製造してきたが、71年に静岡県御殿場市に御殿場工場を新設したあとは、そちらがメイン工場となった。
当初は、川口工場で赤盤、御殿場工場で黒盤という役割分担があったが、赤盤が製造されなくなって、両工場ともに黒盤を製造するようになると、どちらで製造されたものかを区別する必要が生じたので、川口工場プレスのほうのPMにG(あるいはKやW)をつけるようになったのではないかというのだ。
この仮説、ボクにはかなり説得力があるように見える。
この『ロンド』についても、マクロ撮影したPMの画像をじっくりと見比べてほしい。
7のフォントが明らかに違っている。
これは工場が違うことを示唆していないだろうか?
通常盤が御殿場工場プレスであるのに対して、見本盤が川口工場プレスであるとすると、ねじれの理由も一応説明できる。
御殿場工場でメッキ処理が行われていたとすると、最初に作ったスタンパーを見本盤用に川口工場に送り、御殿場工場では、その後に作ったスタンパーで通常盤をプレスした。
川口工場では、見本盤の納期に合わせてプレスをしたので発売日当月プレスになったが、最初期スタンパーでプレスが行われた。
ってのがボクの推理なのだが、さて真相やいかに?
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『眠れぬ夜』のプレス時期を特定せよ [オフコース]
さて、考レコ学クイズ10の解答編である。
選択肢は次のA~Dの4つだった。
A.1975年12月20日リリースの初回盤。
B.1977年秋頃の再発初回盤。
C.1979年12月リリースの『さよなら』が大ヒットしたときの追加プレス。
D.1980年12月リリースの西城秀樹バージョンがヒットしたときの追加プレス。
まず、Aの初回盤ではないことは、最初の画像1ですぐにわかる。
この緑色のCSは1977年頃から使用されるものだからである。
初回盤に付属のCSはこちらだ。
それに、画像2ではレコード番号が映し出されている。
このETP-10301というレコード番号は、1977年の再発盤のものだ。
初回盤のレコード番号は、ETP-20214である。
では、Bの1977年秋頃の再発初回盤かというと、そうではない。
なぜなら、画像3に映し出されているレーベルは、1977年にはまだ使用されていないものだからである。
この★が三つ並んでいるレーベルは、1977年時点ではまだ使われていない。
1977年に使用されていたレーベルでは、★ではなく●になっている。
これはレコード番号ETP-20214の初回盤のレーベルで、1975年プレスのものだが、1977年でもまだこのレーベルである。
ってことで、CとDにしぼられたのだが、ここからが問題である。
以前、この●リムから★リムへのレーベルの変遷について調べたことがあった。
下記の記事である。
https://sawyer2015.blog.ss-blog.jp/2019-10-27
この記事では、少なくとも1979年9月には●リムから★リムへと変更されたとという結論を導いている。
しかも、画像4に映し出されているスタンパーは、1S 19でかなり若い。
これだけの情報だと、Cという結論を導きたくなる。
しかし、『眠れぬ夜』はスマッシュ・ヒットであって、大ヒットではない。
下記サイトを見ると、『眠れぬ夜』の売上は4.6万枚にすぎない。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yamag/single2512/offcose.html
スタンパー1枚あたり2500枚プレスできるとすると、4.6万枚なら19枚あれば足りる。
1S 19が最後のスタンパーでも大丈夫なんである。
それに、●リムから★リムへの変更時期だが、LPとシングルで同じとは限らない。
実際、シングルはずっと遅れて、1980年の3月に変更になったようだ。
少なくとも、1980年3月5日発売の『生まれ来る子供たちのために』の初回盤は●リムである。
3月20日発売の甲斐バンド『ビューティフル・エネルギー』が★リムなので、このあたりが境目のようだ。
とすると、『さよなら』の大ヒットに合わせての追加プレスは、1980年1月おそくても2月だろうから、まだ●リムのはずである。
つまり、Cでもない。
ということは、Dである。
PMで確認しておこう。
0-68XYZって、「どんだけ使いまわすんじゃいっ!」ってPMだが、1980年12月のプレスであることがわかる。
ってことで、正解はDで、出題のレコードは、1980年12月リリースの西城秀樹バージョンがヒットしたときの追加プレスなのである。
●リムから★リムへの変更がLPとシングルで違うことはつい最近気づいたのだが、そんなこと、最初はまったく考えもしなかったよ・・・
選択肢は次のA~Dの4つだった。
A.1975年12月20日リリースの初回盤。
B.1977年秋頃の再発初回盤。
C.1979年12月リリースの『さよなら』が大ヒットしたときの追加プレス。
D.1980年12月リリースの西城秀樹バージョンがヒットしたときの追加プレス。
まず、Aの初回盤ではないことは、最初の画像1ですぐにわかる。
この緑色のCSは1977年頃から使用されるものだからである。
初回盤に付属のCSはこちらだ。
それに、画像2ではレコード番号が映し出されている。
このETP-10301というレコード番号は、1977年の再発盤のものだ。
初回盤のレコード番号は、ETP-20214である。
では、Bの1977年秋頃の再発初回盤かというと、そうではない。
なぜなら、画像3に映し出されているレーベルは、1977年にはまだ使用されていないものだからである。
この★が三つ並んでいるレーベルは、1977年時点ではまだ使われていない。
1977年に使用されていたレーベルでは、★ではなく●になっている。
これはレコード番号ETP-20214の初回盤のレーベルで、1975年プレスのものだが、1977年でもまだこのレーベルである。
ってことで、CとDにしぼられたのだが、ここからが問題である。
以前、この●リムから★リムへのレーベルの変遷について調べたことがあった。
下記の記事である。
https://sawyer2015.blog.ss-blog.jp/2019-10-27
この記事では、少なくとも1979年9月には●リムから★リムへと変更されたとという結論を導いている。
しかも、画像4に映し出されているスタンパーは、1S 19でかなり若い。
これだけの情報だと、Cという結論を導きたくなる。
しかし、『眠れぬ夜』はスマッシュ・ヒットであって、大ヒットではない。
下記サイトを見ると、『眠れぬ夜』の売上は4.6万枚にすぎない。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yamag/single2512/offcose.html
スタンパー1枚あたり2500枚プレスできるとすると、4.6万枚なら19枚あれば足りる。
1S 19が最後のスタンパーでも大丈夫なんである。
それに、●リムから★リムへの変更時期だが、LPとシングルで同じとは限らない。
実際、シングルはずっと遅れて、1980年の3月に変更になったようだ。
少なくとも、1980年3月5日発売の『生まれ来る子供たちのために』の初回盤は●リムである。
3月20日発売の甲斐バンド『ビューティフル・エネルギー』が★リムなので、このあたりが境目のようだ。
とすると、『さよなら』の大ヒットに合わせての追加プレスは、1980年1月おそくても2月だろうから、まだ●リムのはずである。
つまり、Cでもない。
ということは、Dである。
PMで確認しておこう。
0-68XYZって、「どんだけ使いまわすんじゃいっ!」ってPMだが、1980年12月のプレスであることがわかる。
ってことで、正解はDで、出題のレコードは、1980年12月リリースの西城秀樹バージョンがヒットしたときの追加プレスなのである。
●リムから★リムへの変更がLPとシングルで違うことはつい最近気づいたのだが、そんなこと、最初はまったく考えもしなかったよ・・・
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