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モカの香りにつつまれて 4 [音楽が奏でる情景(小説編)]

 それほど広くないライブハウスの中には、かなり人が集まっていた。ただ、知った顔もかなり多かった。絵美がかなりの枚数のチケットをさばいてくれたせいもある。わたしは、逃げ出したいような緊張の中で、カラオケ仲間が最前列にいてくれれば、少しは落ち着くかなと思ったりもしていた。

 前のバンドの演奏が終わって、わたしは、健志に手をひかれるままに、ふらふらとステージに出ていった。

 「江里子~、がんばって~」
 という絵美の声だけが、妙にはっきりと聞こえた。

 バンド仲間が楽器のセッティングをしている間、わたしは、ただ呆然とステージの真ん中に立っていたような気がする。

 いち早くセッティングを終えた健志が、わたしに近寄ってきて、いきなりグィッと肩を組んできた。

 「俺達は恋人だからな!」

 健志の真剣な目がわたしを見つめていた。

 健志がわたしから離れていったときには、すでに、全員のセッティングが終わっていた。ステージの上は、一瞬、静寂に包まれた。健志がメンバー全員に目配せする。

 最初の曲は、無伴奏の健志のボーカルソロからはじまる。無伴奏のまま、その健志のボーカルにわたしのボーカルが絡んでいかなければならない。

 健志が観客の方を向いた。

 一瞬、間をとった後、ハスキーだけれどよく通る健志の声がいきなりシャウトする。その声がわたしの身体全体を包みこんでくるようだ。

 健志がわたしの方を横目で見る。そろそろわたしのボーカルが絡むあたりにさしかかっていた。わたしを見つめる健志の目に、わたしは引き込まれていく。気づかれまいと心の奥に押し込めていた健志への思いが一気に湧きあがって来て、わたしの心を満たした。

 今、わたしと健志は恋人なのだ。この思いのありったけで、健志に向かって歌えばいい。わたしは、自分でも信じられないくらいの見事なタイミングで、健志のボーカルに絡んでいた。

 ドラムとベースが心地よいリズムを刻みはじめる。

 押さえ気味のギターのカッティングが見事にボーカルの引き立て役になっていた。

 ステージの上は、まるでそこだけが異次元空間に放り出されたように、音のうねりに埋め尽くされていた。そのうねりに身をまかせながら、わたしは、健志だけを見つめて歌っていた。

 自分でも気づかないうちに、健志と一緒になって、ステージの上を走り回っていた。


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