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1987年1月 [思いを馳せる]

何故1987年1月に思いを馳せるのか?

それは、このレコードを入手したからである(笑)


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左上に"WEA TOP HITS JAN. '87"とあり、その下に小さく、"PS-301 not for sale (Vol.42)"とあるし、背表紙にはSAMPLEとあるから、プロモーション用に配られたものに間違いない。
ラジオ局等に配られたものか、レコード・ショップ店頭でのデモ用に作られたものかはわからないが(あるいは、どちらの用途もあったのかな?)。


レーベルは白ではなく青である。


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収録曲の一覧も載せようかと思っていたが、このレーベル写真で判読可能なので割愛する(笑)

リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)とジェイムス・イングラム(James Ingram)の"Somewhere Out There"(スピルバーグのアニメーション映画『アメリカ物語』の主題歌)のみ、収録アルバムのレコード番号が記載されていない。
したがって、Discogsでは、『アメリカ物語』の日本盤OSTも1986年にリリースされたことになっているが、おそらく間違いである。
OSTのリリースが映画公開のどのぐらい前に行われるのかわからないが、裏ジャケにある短い解説でも、映画のタイトルはまだ「アメリカン・ストーリー」とされているうえ、日本では1987年夏に公開予定と書かれているので、さすがに1986年中にOSTが出たということはありえないだろう(笑)

そう、裏面には、収録曲のみじかい解説が掲載されている。


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いっしょに掲載されている写真は、シングル・レコードのジャケットだったり、収録アルバムのジャケットだったり、間に合わせで作ったものだったり、いろいろだ。

カセットテープ番号やCD番号も付記されているが、すべてじゃないのがおもしろい。
たとえば、クラプトン(Eric Clapton)の"August"はカセットテープ番号は出ているが、CD番号は出ていない。
つまり、この時点でCDはリリースされていなかったということだ。
Discogsで確認してみると、確かに、CDのリリースは翌年の1987年ということになっている。
さすが、クラプトンあたりだと正確に記載されているなぁと感心したのだが、カセットテープのリリースが記載されていないじゃないか。
残念!(笑)

クラプトンといえば、表ジャケットのイラスト、初めて見たのだが、Augustのプロモーションに使われたものなんだろうか?
いまひとつ、わからない。

裏ジャケを見ると、どうやら、KOJI KITAMURAという方のイラストらしい。


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検索してみると、北村公司という名前のイラストレーターが存在する。
彼の作品?

Discogsには、このWEA TOP HITSシリーズもすべてではないが登録されていて(残念ながら、今回とりあげた42号はない)、次の43号が登録されているのだが、そのジャケットはマドンナ(Madonna)のイラストで、タッチが42号のクラプトンと同じなので、やはり北村公司さんの作品ではないかと思われる。

ってことは、このプロモーション・レコード用に、若いイラストレーターに描かせたとかってことだろうか。
そうだとしたら、このなかなか素敵なイラスト・ジャケット、クラプトン・マニアにとっては垂涎?(そんなことないか 笑)


さて、このレコードを聴きながら1987年1月に思いを馳せたとき、もっとも強烈にボクの脳裏に蘇ったのは映画『スタンド・バイ・ミー』を観た記憶だ。
まぁ、日本での映画公開は1987年4月だから、1月の記憶ではないんだが、細かいことはいいのである(笑)

「男なら誰でも」と言えるかどうかはわからないが、少なくともボクには、あの映画に描かれているのと似たような「夏の冒険」の記憶がある。
もちろん、ボクにも友達にも、過酷で複雑な環境なんかはなかったし、死体探しほどのセンセーショナルな話もなかったけどさ。

それでも、あの映画は、いくつになっても色あせることがない、ボクのきわめて個人的な、あの「少年時代の輝き」に見事にシンクロする。

そんなわけで、まずはLDで、その後DVDで手に入れた。


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そういやBlu-rayは手に入れてなかったなとAmazonで検索したら、10月にUHD-Blu-rayがリリースされるっていうじゃないか!



(画像をクリックするとAmazonに飛びます。)


なんだか、急激に、UHD-Blu-rayプレーヤーを導入したくなってきたぞ。
あっ、でも、うちのプロジェクター、4K対応じゃなかったんだった・・・

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1984年3月 [思いを馳せる]

何故1984年3月に思いを馳せるのか?

それは、このレコードを入手したからである(笑)


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IN-STORE SAMPLERということは、レコード・ショップ店頭でのデモのために作られたものだろう。

レーベルを見ればわかるが、収録曲は下記の通り。

A1 Queen, Radio GaGa
A2 Thomas Dolby, Hyperactive
A3 Missing Persons, Give
A4 Duran Duran, New Moon On Monday
A5 Felix Slatkin, Olympic Fanfare
B1 Tina Turner, Let's Stay Together
B2 April Wine, This Could Be The Right One
B3 Re-Flex. Hit Line
B4 Dear Enemy, Computer One
B5 Queen, Tear It Up


クイーンで始まり、クイーンで終るのは、"The Works"がリリースされたばかりだったからだろう("The Works"のリリースは、1984年2月27日)。
”Radio GaGa”は、アルバム収録バージョンではなく、先行シングルとして2月7日にリリースされていた7インチ収録のショートバージョン(US radio edit)なのがうれしい。

A5は、夏のロサンゼルス・オリンピックに向けてのものだろうな。

トーマス・ドルビー、デュラン・デュラン、Re-Flexといったブリティッシュ勢に、ミッシング・パーソンズを加えれば、半分がニュー・ウェイヴで、まさに時代を物語っている。

1984年3月といえばボクはまだ20歳の大学生、このあたりのニュー・ウェイヴがBGMで流れているレコード店で、プログレを掘ってた青春時代が甦るのである(笑)

送り溝の"MASTERED BY CAPITOL"の刻印は見慣れたものだが、隣のサインは初めて見た気がする。


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Disicogsで探してみると、どうやら、"ES"らしく、当時のCapitol Masteringのエンジニア、Eddy Schreyerのサインだと判明。
ということで、メモ代わりに。
(将来、何がどう役に立つかわからないので、調べたことはメモしておくのです 笑)

タグ:DURAN DURAN Queen
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To Five Spot [思いを馳せる]

水曜日の夕方、仕事が終わった後時間が作れたので、レコード・ショップに行った。
そこで、「書き込み」ありということで、このレコードが叩き売られていた。

ジョー・ザヴィヌル(Joe Zawinul)が1971年にリリースしたこのレコード、まぁ、美品でも高いレコードではないんだが、少なくともこの「書き込み」のせいで、ジャケットの状態がかなり悪いものと評価され、それが販売価格に反映しているように思われた。


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このレコードのUSオリジナル盤(Atlantic SD 1579)には、ジャケットにラミネート・コーティングが施されたものも存在するが、今回ボクが入手したものにはコーティングはない。
では、このレコードはファースト・プレスではないのかというと、そんなことはないと思う。

確かに、ファースト・プレスにはコーティングが施されたものも存在するが、どうもPR工場産またはRI工場産のもののようである。
しかも、PR工場産やRI工場産では、1973年のRockefellerアドレス・レーベルになってもコーティング・ジャケットだ。

一方、ボクが今回入手した盤は西海岸のMO工場産だが、Broadwayアドレス・レーベルである。
MO工場産は、最初からコーティングがなかったんじゃないかって気がしてくる。


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それに、このカンパニー・スリーブだ。


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SD 1570までしか載っていない。
ファースト・プレスのときに付属していたものに間違いないと思う。
(まぁ、CSは入れ替えられてる可能性もあるんだが 笑)
やはり、MO工場産のファースト・プレスは、コーティングがなかったんじゃないだろうか。


さて、問題は、この「書き込み」である。
すでに気づいている方も多いと思うが、おでこの文字は”Josef Zawinul”と読める。
ネットでザヴィヌルのサイン画像をいろいろ見てみたが、このサインはホンモノで間違いない気がする。

それに、サインの前に書かれているのって、これ、”To Five Spot”だよね?
Five SpotというとNYのジャズ・クラブがすぐに思い浮かぶが、1967年にはすでに閉店しているから、このレコードがリリースされたときには存在していない。

ほかにファイブ・スポットと言えば、思い浮かぶのは、そう、ジャズ評論家のいソノてルヲさんが自由が丘でやっていたジャズ喫茶(夜はライブも行われていたという)だ。

当時ファイブ・スポットで演奏していたというジャズ・ベーシスト鈴木勲さんのインタビュー記事が下記URLで読めるが、そこには、いソノさんが「来日した海外のミュージシャンを自分の店によく連れてきてご飯を食べさせたりして」いたとある(鈴木勲さんは、いソノさんが連れてきたアート・ブレイキー(Art Blakey)に見染められて渡米することになったそうだ)。

https://www.shibuyabunka.com/keyperson/?id=134

ザヴィヌルは、1972年にウェザー・リポート(Weather Report)のメンバーとして来日している。
そのとき、いソノさんがザヴィヌルをお店に連れてきてご飯を食べさせ、記念に所蔵レコードにサインをしてもらったんじゃないかとか、想像は膨らむのである。

レコードの左下隅には、整理番号のステッカーが貼り付けてあって、いかにもジャズ喫茶の所蔵レコードらしい。


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左上隅についている赤い丸は、おススメの印?

やはり、このレコードは、ファイブ・スポットにあったものなんじゃないか。
客のリクエストに応えて、ザヴィヌル来店のときの話をしながら、いソノさんが幾度となくターンテーブルに載せたものなんじゃないか。

そんな風に、一度も行ったことのないファイブ・スポットに思いを馳せながら、ボクもこのレコードをターンテーブルに載せるのである。

タグ:Joe Zawinul
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