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STERLING刻印のバリエーション [STERLINGの仕事]

いくつかバリエーションのあるSTERLING刻印について、その使用状況を整理するというのは、かねてからの課題だった。
昨日の記事で、その課題にちょっと手をつけてしまったので、夏休みの自由研究として(小学生かっ! 笑)、もうちょっと調べてみることにした。

STERLING刻印というのは、アメリカのマスタリング・スタジオSTERLING SOUNDがレコードの送り溝にスタンプしているものである。
80年代の半ばくらいからDMMが行われるようになると、送り溝のSTERLINGも刻印から手書きに変わるが、今回の調査はそれ以前のラッカー・カッティング時代を対象としている。

※過去の記事では、手書きまで含めて不用意に「刻印」という言葉を使っていたが、最近は、意識的に、スタンプのみを「刻印」とし、手書きされているものについては「手書き」という言葉を使うようにしている。過去記事についても、記事を書くときに関連の過去記事をチェックした際に気づけば修正している。


STERLING SOUNDは、1968年10月に、リー・ハルコ(Lee Hulko)とジョー・パシェック(Joachim “ Joe” Paschek)によってニューヨークで設立されたマスタリング・スタジオで、2018年にテネシー州ナッシュヴィルとニュー・ジャージー州エッジウォーターの二箇所に分かれたが、現存のスタジオである。

Discogsによれば、設立翌年の1969年には名匠ボブ・ラディック(Bob Ludwig)が加わり、1975年まで在籍していた。
他にも有名なマスタリング・エンジアとして、1972年に加わったジョージ・マリノ(George Marino)や、1976年に加わったグレック・カルビ(Greg Calbi)とテッド・ジェンセン(Ted Jensen)などがいる。
グレック・カルビとテッド・ジェンセンは現役で、STERLING SOUNDのWEBサイトを見ると、カルビはエッジウォーターに、ジェンセンはナッシュヴィルに行ったようだ(とはいえ、二人とも、現在では、アナログのカッティングはやっていない)。


スタジオ設立当初はまだSTERLING刻印というものはなく、STERLING SOUNDでのマスタリング&カッティングであることは、SSという手書き文字で表されていた。

たとえば、ラディックの仕事として有名なザ・バンド(The Band)のバンド名を冠したセカンド・アルバム(Capitol Records STAO-132)の送り溝には、このような手書き文字が確認できる。


20220903-1.jpg


この手書きSSが使用されていたのは1969年の終り頃までのようで、1970年になるとお馴染みのSTERLING刻印が登場する。
ラディック・カッティング盤では、ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)のレコードがすぐに思い浮かぶ。
たとえば、” The Cry Of Love”(Reprise Records MS 2034)の送り溝には、このように、STERLING刻印とRLというサインが確認できる。


20220903-2.jpg


では、この頃のSTERLING刻印は一種類だったかというと、気づいている人は多くないと思うが、実は違う。
リー・ハルコのカッティングで有名なニール・ヤング(Neil Young)”Harvest”(Reprise Records MS 2032)を見てみよう。


20220903-3.jpg


LHというサインが違うだけで、STERLING刻印は同じように見えるが、よくよく見ると違っている。
RLのほうが幅7mmなのに対して、LHのほうは幅6mm弱なのである。
微妙に小さいのだ。

これは、このブログでもお馴染みのイーグルス(Eagles)”Hotel California”(Asylum Records 7E-1084)でも同じだ。
ハルコの刻印は幅6mmなんである。


20220903-4.jpg


思いついた限りでラディック・カット盤とハルコ・カット盤を引っ張り出して確認してみたが、やはりラディック・カット盤は7mm刻印、ハルコ・カット盤は6mm刻印だった。


ジョージ・マリノは送り溝にサインをしないので後回しにして、グレッグ・カルビとテッド・ジェンセンについて見てみよう。

グレッグ・カルビも必ずしもいつもサインをするわけではないが、たとえば、チープ・トリック(Cheap Trick)” Cheap Trick At Budokan”の送り溝にはGCというサインが確認できる。


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幅10mm弱で、このSTERLING刻印は、ラディックやハルコのものとは明らかに違う。
Side 2の方にはGCというサインはないが、やはり同じ幅10mm弱の刻印である。

カルビといえば、大澤誉志幸『Confusion』(Epic 28-3H-132)が彼のカッティングで、裏ジャケットにでっかくクレジットされている。
送り溝にGCというサインはないのだが、日本に持ち帰るワンセットのラッカーが他のエンジニアのカッティングということは考えられないので、クレジット通りカルビのカッティングと考えていいだろう。
『Confusion』の送り溝に刻まれているのも10mm刻印である。

そういえば、ティアーズ・フォー・フィアーズ(Tears For Fears)”Songs from the Big Chair”のUS盤(Mercury 422-824 300-1 M-1)もカルビのカッティングで、送り溝には当時の彼のサインにあたる野球のボールのようなマークがあるが、やはり10mm刻印だ。


テッド・ジェンセンの場合は、基本的にSTERLING刻印の隣にTJというサインがあるのでわかりやすい。
ジェンセンのカッティングというと、”The Stranger”(Columbia JC 34987)以降のビリー・ジョエル(Billy Joel)作品がすぐに思い浮かぶ。
いろいろ見てみたが、TJというサインは、カルビが使用していた10mm刻印と同じものか、または、きわめて似通ったものの隣にしか見つからなかった。
たとえば、”The Stranger”の送り溝のSTERLING刻印は、次の画像の通り、10mm刻印である。


20220903-6.jpg


カルビとジェンセンが使用していた10mm刻印が同じものなのか微妙に違うのかは、ちょっと判断できない。
実体顕微鏡とかで確認したらわかるかなぁ?


さて、いよいよジョージ・マリノである。
前の記事に書いたように、彼のカッティングしたラッカーには、上記のどれとも違う幅5mmのSTERLING刻印が使用されている。


20220902-3.jpg


他にも、たとえば、彼のカッティングであることがインナースリーブに明記されている”Leftoverture”以降のカンサス(Kansas)作品の送り溝にあるのもこの5mm刻印だ。
だから、やっぱり、この5mm刻印は、マリノの刻印だと思う。

もっとも、たとえば、カンサスが1978年にリリースしたライブ・アルバム” Two For The Show”(Kirshner PZ2 35660)(この作品もインナースリーブにマリノのマスタリングであることが明記されている。)の送り溝(うちの盤のマトは1J/1J/1J/1L)を見ると、2枚目は両面とも5mm刻印なのだが、1枚目は両面とも次の画像のような刻印である。


20220903-8.jpg


カルビやジェンセンの10mm刻印に酷似しているが、よく見ると幅が9mmでわずかに小さい。
そこで、いろいろ見てみると、マリノのカッティングで有名なクイーン(Queen)”Jazz”のUK盤( EMI EMA 788―マト1U/1U)やジョン・レノン&ヨーコ・オノ(John Lennon & Yoko Ono)”Double Fantasy”のUS盤(Geffen Records GHS 2001―マトSH1/SH7)が両面ともこの9mm刻印だった。
”Double Fantasy”の日本盤(Warner-Pioneer P-10948J)にいたっては、片面5mm刻印で片面9mm刻印である。
カンサス” Monolith”(Kirshner FZ 36008)も、うちの盤(マト1B/1G)では片面5mm刻印で片面9mm刻印だったから、マリノ・カッティングではよくあるパターンなのかもしれない。
ってことで、この9mm刻印もマリノが使用していた刻印だと思う。


なんだかごちゃごちゃしているので、最後にまとめておこう。

リー・ハルコ(1968-1998)―6mm刻印
ボブ・ラディック(1969-1975)―7mm刻印
ジョージ・マリノ(1972-2012)―5mm刻印と9mm刻印
グレッグ・カルビ(1976- )―10mm刻印
テッド・ジェンセン(1976- )―10mm刻印

カルビとジェンセンの刻印が同じものだとしても、全部で5種類もあったのね。
今回の調査で初めて知ったのであった。

とりあえず、思いつく範囲で調査しただけで、上記結論は暫定的なものなので、この調査は今後も継続していく予定である。

みなさんも、気が向いたら、ものさし片手に、送り溝を覘いてみてくださいな。

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